岡山地方裁判所 昭和53年(ワ)196号 判決 1983年3月25日
原告
眞坂剛
ほか三名
被告
日本国有鉄道
岡山市
ほか二名
主文
一 被告株式会社重藤組、同岡山市は、各自、各原告に対し金二〇三万八七五二円及びこれに対する昭和五一年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告株式会社重藤組、同岡山市に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告重藤組、同岡山市との間においては、原告らに生じた費用の五分の二を同被告らの連帯負担とし、その余は各自の負担とし、原告らとその余の被告らとの間においては全部原告らの負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、各原告に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告株式会社大広、同岡山市)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(被告株式会社重藤組)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
(被告日本国有鉄道)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
訴外眞坂勘一郎(以下、亡勘一郎という。)は、左の事故により死亡した。
日時 昭和五一年一一月六日午後九時頃
場所 岡山市字八幡原五番一六の舗装道路上
事故の態様 亡勘一郎が自転車に乗つて右道路を進行中、右道路を横切つていた幅約〇・七メートル、深さ約〇・一メートルの工事跡の溝に自転車のハンドルをとられ転倒したもの
死因 亡勘一郎は右転倒の衝撃で路面に顔を伏せたまま嘔吐し、気を失つたため顔を上げることができず、嘔吐物及び土砂により窒息死した。
2 責任原因
(一) 被告株式会社大広、同株式会社重藤組関係
(1) 被告株式会社大広(以下、被告大広という。)は、本件事故前、岡山市平井六三七の三三、訴外西崎某から下水道工事を伴う建物の建築工事を請負い、これを被告株式会社重藤組(以下、被告重藤組という。)に一括して下請させ、被告重藤組は右下水道工事を訴外新光衛材有限会社(以下、訴外新光衛材という。)に孫請させた。
(2) 訴外新光衛材は本件下水道工事を施行するため本件道路を堀り起こし本件溝を生じさせたものであるが、本件道路は凹凸のほとんどない舗装道路であるから、訴外新光衛材としては工事終了後直ちに舗装復旧するか、危険防止の標識を設置するとして自転車運転者の通行の安全を確保すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件事故を発生せしめたものである。
(3) 被告重藤組は訴外新光衛材の行つた本件下水道工事につき、工事に関連する許可申請手続に際して自己の名を使用させるとともに自己の従業員を出向かせるなどして指揮命令をしていたものであるから、使用者として訴外新光衛材の右不法行為につき責任を負うことになる。
(4) 被告大広は訴外西崎から下水道工事を含む建物建築を請負い、被告重藤組に一括して下請させていたものであるが、自己が工事をしない場合であつても元請業者として監督者を派遣した上、被告重藤組及び訴外新光衛材が工事に伴い他人に損害を生じせしめることのないように指揮監督すべき注意義務があるのにこれを怠つた結果本件事故を発生させるに至つたものである。
(二) 被告岡山市関係
被告岡山市(以下、被告市という。)は、岡山市道に認定され、被告市において舗装した上占有管理している本件道路が前記のように堀り起こされ本件溝が生じていたにもかかわらず、これを復旧せず放置していたものであるから、土地の工作物である本件舗装道路の占有者として、右保存の瑕疵により亡勘一郎に生じた損害を賠償すべき義務がある。
(三) 被告日本国有鉄道関係
被告日本国有鉄道(以下、被告国鉄という。)は本件舗装道路を所有占有していたものであるから、被告岡山市と同様に損害賠償の義務がある。
3 損害
本件事故により亡勘一郎は左記の損害を被つた。
(一) 葬祭費 金三五万円
(二) 逸失利益 金一五八八万〇三三三円
亡勘一郎は、本件事故前、赤盤郡瀬戸町の建築業者訴外大志茂明の従業員として勤務し、一か月金一六万六〇〇〇円の収入を得ていた。亡勘一郎は死亡当時満四二歳であつたから、少くとも満六七歳までの二五年間は右の収入を得られたはずである。従つて右期間の逸失利益をホフマン方式(係数一五・九四四一)により中間利息を控除して算定すると(但し、生活費として五〇パーセントを控除する。)、金一五八八万〇三三三円となる。
(三) 慰謝料 金一〇〇〇万円
4 相続
亡勘一郎には妻も子も親もなかつたので、同人の兄弟姉妹である原告らが同人を法定相続した。
5 結語
よつて原告らは、各自、各被告に対し不法行為による損害金のうち金五〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五一年一一月六日から支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める。
二 請求原因に対する認否
(被告大広)
1 請求原因第1項の事実は知らない。
2(一) 同第2項(一)の事実は、そのうち(1)の事実は認めるが、(2)(4)の事実は否認する。被告大広は被告重藤組に一括して下請させていたものであり、被告重藤組が訴外新光衛材に孫請させていたことは本訴の提起まで知らなかつた。被告大広は不動産売買等の仲介と住宅の建売りを業とする常勤役員二名、従業員二名の会社であつて、工事の指揮監督をする能力は全く有していなかつたので、工事に関しては建築業者である被告重藤組に一切任せていた。従つて被告大広には過失はない。
3 同第3、第4項の事実は知らない。
4 同第5項は争う。
(被告重藤組)
1 請求原因第1項の事実は知らない。
2 同第2項(一)の事実は、そのうち(1)のみを認め、(2)(3)を否認する。
被告重藤組と訴外新光衛材との間には具体的な指揮監督の関係はなく、他に使用者と被使用者の関係と同視すべき特別の関係もなかつた。
3 同第3項の事実は否認する。
亡勘一郎は泥酔による嘔吐の結果窒息死したものであるから、同人の死亡と本件溝があつたこととの間には相当因果関係はない。
4 同第4項は知らない。
5 同第5項は争う。
(被告市)
1 請求原因第1項の事実は、そのうち亡勘一郎が昭和五一年一一月六日に死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。
2(一) 同第2項(一)(1)(2)の事実は知らない。
(二) 同項(二)の事実は、被告市が本件道路を舗装したことのみを認め、その余を否認する。
3 同第3、第4項の事実は知らない。
4 同第5項は争う。
(被告国鉄)
1 請求原因第1項の事実は、そのうち亡勘一郎が原告ら主張の日に主張の場所で死亡したことは認めるが、その余は知らない。
2(一) 同第2項(一)(1)(2)の事実は知らない。
(二) 同項(三)の事実は否認する。被告国鉄は本件事故当時本件道路の所有者ではなく、本件道路の占有者でもなかつた。
3 同第3、第4項の事実は知らない。
4 同第5項は争う。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因第1項について
原告眞坂剛の尋問の結果により昭和五一年一一月七日原告眞坂剛が撮影した本件事故現場の写真と認められる甲第九号証の一ないし四、成立に争いのない甲第一〇ないし第一三号証、検証の結果、右原告本人尋問の結果を総合すると請求原因第1項の事実(但し、溝の深さは最も深いところで〇・〇九メートル)を認めることができる。
二 請求原因第2項について
1 まず同項(一)につき判断する。
(一) (1)の事実は原告らと被告重藤組、同大広との間では争いがない。
(二) 次に甲第九号証の一ないし四、第一〇号証、検証の結果、証人久保木弘の証言に弁論の全趣旨を総合すると、訴外新光衛材は、昭和五一年六月頃、本件下水道工事を施行するため、本件道路を横断する形で幅約〇・七メートルの溝を堀つたが、工事終了後その部分に土盛をしたのみで舗装復旧をしなかつたこと、その結果、本件事故当時には右掘削跡が道路を横断する幅約〇・七メートル、深さ約〇・〇九メートルの溝となつていたこと、以上の事実が認められるところ、舗装道路を右のように掘削しながら舗装復旧しなかつた場合には、その部分の土が雨水により流失するなどして窪みが生じることは容易に予見できるところであり、またその場合には自転車通行者にとり極めて危険な状況になることも容易に予見できるところである。従つて訴外新光衛材において舗装復旧しなかつたことに過失のあることは明らかである。
(三) 次に(3)(被告重藤組の帰責原因)につき判断するに、証人久保木弘・同粕井新一の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、被告重藤組は建築を業とするものであり、被告大広から一括下請した本件建築工事を多くの孫請を利用して設計施行したこと、訴外新光衛材は右孫請の一社として本件下水道工事を実施したこと、被告重藤組は右建築工事を統括するため現場監督者を派遣していたこと、以上の諸事実が認められ、これらの事実によると被告重藤組と訴外新光衛材との間には後者が前者の指揮命令に服して工事を行うべき立場にあつたものと認めることができるから、被告重藤組は訴外新光衛材の使用者に当たるというべきである。もつとも、証人久保木弘は本件道路の掘削は被告重藤組の請負わせた工事の範囲外のものである旨証言するが、右掘削が前記建物のための下水道工事として行われたものである以上、右の点は被告重藤組の使用者責任の有無に影響を及ぼさない。なお、同証人は、訴外新光衛材から請求書が出されて初めて注文外の下水道工事がなされたことを知つた旨証言するが、これが本件事故発生前の出来事であることは同証人の他の証言部分から明らかである。そうするとその場合には同被告に訴外新光衛材の現実に行つた工事について調査し、その安全性を検討すべき注意義務が生ずると解されるから、同被告は右義務に反した点において民法七〇九条により責任を負うべきことになる。
(四) 次に(4)(被告大広の帰責原因)につき判断するに、証人粕井新一・同久保木弘の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、被告大広は不動産売買等の仲介と住宅の建売りを業とする常勤役員二名、従業員二名の会社であり、本件建築工事については設計施行を一括して、建築を業とする被告重藤組に請負わせていたことが認められ、右事実によると被告大広と被告重藤組との関係は前者がその有する工事についての専門的知識経験あるいは能力を利用して後者を指揮監督すべき立場にあつたものとみることはできない。従つて被告大広において工事の監督者を派遣するなどして指揮監督しなかつたことをもつて過失とみることはできず、他に被告大広に過失のあつたことを基礎づける事実の主張立証はない。
2 次に同項(二)につき判断する。
(一) 原本の存在及び成立につき争いのない丁第一ないし第六号証、戊第五号証の一・二、成立に争いのない戊第一、第二号証、第三号証の一ないし一一、第四号証の一・二、第六号証、被写体、撮影者、撮影日時につき争いのない戊第七号証の一ないし五、証人三宅宏・同山内義角・同安田保・同大谷留志夫の各証言、検証の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件道路は南北に走る県道原・原尾島線が国鉄山陽線と平面交差するとともに新幹線と立体交差する部分の西側に接し、右両鉄道路線と立体交差する長さ約七〇メートルの道路であり、右県道の側道としての機能を果たしていること、本件道路は訴外山陽鉄道株式会社(以下、山陽鉄道という。)が明治二〇年代に線路を敷設した際、線路敷となる公道の代替道路として開設され、その後も山陽鉄道の所有名義のまま存置されていたこと、そして被告市の作成した市道路線網図においては、本件道路のうち南から約四〇メートルの間が市道一六四六号線と表示されているが、山陽本線及び新幹線と立体交差する残りの約三〇メートルの部分(本件溝のあつた部分)については市道であるとの表示はなされていないこと、しかし後者の部分も市道三一九四号線に接続して前記のように県道の側道となつていること、本件道路は学童の通学路に指定されていたため、昭和四六年頃宇野学区交通安全母の会から被告市に舗装の依頼がなされ、昭和四九年頃被告市において簡易舗装したこと、その後本件道路は被告市の関与のもと学童通学路として車両の通行規制がなされていること、訴外中国電力株式会社が昭和四六年五月本件道路について電力用ケーブル管の埋設、コンクリート柱の設置のため道路の占用許可の申請をした際、被告市はこれを許可し、昭和四六年以降現在まで継続して右訴外会社から使用料を徴収してきたこと、本件事故の後、被告市において本件溝を埋め戻し、舗装をしたこと、被告国鉄は本件道路の管理をしたことはないこと、以上の諸事実が認められる。
そして、右に認定した本件道路の形態、機能、被告市の関与の方法、程度等を総合考慮すると、本件道路はその所有権の帰属如何にかかわらず、被告市において管理占有していたものと認めることができる。
(二) ところで前示のように本件道路は舗装道路であるから、その舗装部分については民法七一七条に定める土地の工作物と解すべきところ、右舗装部分が前示のように一部掘り起こされた後、舗装復旧されないまま数か月が経過し、本件事故当時深さ約〇・〇九メートルの溝が生じていたというのであるから、その保存に瑕疵のあつたことは明らかである。従つて被告市は土地の工作物の占有者として本件事故の責任を負うべきことになる。
3 続いて同項(三)につき判断するに、仮に被告国鉄が本件事故当時本件道路を所有していたとしても、これを占有していたことを認めるに足りる証拠はないから、直接占有者である被告市において工作物責任を負担する以上、被告国鉄に対し二次的責任である所有者責任を問うことはできないことになる。
三 すすんで請求原因第3項につき判断する。
1 原告らが亡勘一郎の葬儀費用として少なくとも金三五万円を支出したことは経験則上これを是認できる(原告らはこれを亡勘一郎の損害であると主張しているが、出捐者をもつて損害を被つた者とみるべきである。)。
2 次に原告眞坂剛の尋問の結果とこれにより成立の認められる甲第一五号証によると、亡勘一郎は本件事故当時満四二歳の健康な男子で、建築労務者として一か月金一六万六〇〇〇円の収入を得ていたことが認められるので、少くとも満六七歳となるまでの二五年間は右の収入を得られたものと推認できる。従つて右期間の逸失利益をライプニツツ方式(係数一四・〇九三九)により中間利息を控除して算定すると(但し、生活費として五〇パーセントを控除する。)、金一四〇三万七五二四円となる。
3 慰謝料としては本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると金六〇〇万円が相当と認められる。
四 次に甲第一〇号証、第一二号証に弁論の全趣旨を総合すると、亡勘一郎は本件事故当時、酩酊状態で自転車を運転していたことが認められるところ、この点と前示の事故の態様及び死因とを総合すると、亡勘一郎が転倒後嘔吐したこと及び路面に顔を伏せたまま気を失つたことは、転倒による衝撃とともに飲酒酩酊していたことが大きな原因となつているものと推認できる。従つて亡勘一郎には酒に酔つた状態で自転車に乗つていたという点において過失があることになるから、この点を考慮して前示総損害額から六割を過失相殺するのが相当である(被告市は明示的には過失相殺の主張はしないが、過失相殺を基礎づける事情は本件事故の態様の中に現われている。)。
五 請求原因第4項の事実は成立に争いのない甲第一ないし第六号証によりこれを認めることができる。
六 よつて原告らの本訴請求は、被告重藤組、被告市に対し、各自不法行為による損害賠償として各原告に金二〇三万八七五二円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五一年一一月六日から支払済みまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡久幸治)